青く澄み切った空を背景に幾多の高層ビルが聳え立ち、舗装された大通りを整然と並んだ四輪自動車が駆け抜ける。歩道には大きな樹木が立ち並び、樹影が人々を優しく包み込んでいる。細い路地に入ると対照的に食料や雑貨を扱う小さな路面店や携帯ショップが軒を連ね、如何にも中国らしい雑然とした雰囲気がある。
初夏は中国沿海部の都市が新緑で美しくなる季節だ。
数年前に中国沿海部を南から北へ縦断する旅に出た。成田国際空港を午後のフライトで発ち、香港国際空港に到着すると香港MTR(港鉄)で中環(セントラル)まで移動。蘭桂坊(ランカイフォン)周辺にあるホテルにチェックインするのが、夜が盛り上がり始める頃。わたしは旅先では必ず行きたい場所がある。カクテルバーである。その日は「アジアのベストバー50(ASIA’S 50 BEST BARS)」のランキングに載っている香港のカクテルバーを探し出し訪問した。
バーは表通りに面していることもあるが、かなりの割合で裏通りや路地の目立たない場所に隠れている。こんなところに人がいるだろうか、という場所についてドアを恐る恐る開けると、室内には所狭しと人々がひしめき合い、にぎやかに談笑している。その日訪れたバーもそのような場所にあった。
わたしはカウンターの端っこでバーテンダーと幾らかの距離を保ちつつ、時を見計らって会話もできるような丁度良い具合の席に腰を下ろすと、店内の様子をうかがう。バーテンダーの背面の棚には、ウイスキーやリキュールの瓶が並べられ、間接照明のようにカラフルに光っている。
「キャナイゲットマルガリータ?」
わたしは日本語訛りの英語でバーテンダーにきいた。
「もちろん。どこから来ましたか。」
「日本です」と英語でわたしは答えた。
形式的ではあるが、その日に人と会う予定がない時にはバーテンダーは格好の話相手となる。
南アジア系の若いバーテンダーとの間の会話はあまり弾まなかったが、マルガリータ(テキーラをベースとするラテン系カクテル)を飲みながら、香港の夜を過ごす。
香港で一泊したあとは、今回の目的地のひとつである深圳に船で向かう。マカオと香港の間には大橋が新たにできていた。海は茶色に濁っているが、如何にもアジアらしい。
深圳は若者が多いのが印象的であった。例のショートセラーに暴かれた粉飾決算でも有名になったラッキンコーヒーの美味いカフェラテを味わう。訪問した当時はメディアで持ち上げられていたがその裏にはやばい経営実態があったということであろう。深圳では、リッツカールトンに宿泊。
あの最高級ホテルブランドのリッツカールトンとは言っても、他のところに比べるとサービスや施設の質は落ちるため価格もそれなりである。
深圳は、ファストフード店ですでに顔認証による支払いを受け入れたり、正に世界の最先端を行っているという感じである。日本に比べて支払いもキャッシュレスの割合が圧倒的である。
しかしわたしが現地で感じた印象はこうだ。
「ハード力はあるが、ソフト力は日本の方がまだまだ優れている。」
ハードの面ではさまざまな小商店が立ち並び、さながら秋葉原のようである。そしてそれらの小商店のハードを組合わせればあっという間に試作品が作れたりするという実力は大したものである。
中国企業だと言っても単純な模倣では全くなく、むしろ圧倒的な競争を勝ち抜いたアリババやテンセントといった企業は日本企業もまだ取り組めていないような最先端の新たな取組みを行っている。
深圳を訪れた後は、遠距離バスで数時間北にある広東省の大都市スワトウを訪れた。そして、その後は世界遺産でもある福建省の土楼やアモイを訪れる。旅先で現地のツアーに参加して、現地語で案内されることが語学を身につけるには最適な方法のひとつである。最終日には上海に移動して、バーでカクテルを飲んだり、公園に隣接するカフェでのんびりした。わたしは中国沿岸部の旅を偲びながら、熱いコーヒーをすすった。
このあたりの話はまたいずれ書くこととしよう。